地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、尾道の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

メニュー

尾道の地域情報サイト「まいぷれ」尾道市

尾道 三原 初詣特集

烏須井八幡神社

烏須井八幡神社

その昔、神社の井戸を掘る際に地下より石とも木とも見分けがつかない臼のようなものが3つ出てきたことが名前の由来と言われています。
また、神功皇后の三韓出兵の際、烏が良水の湧く井戸を知らせたので烏須井と称したともいう一説も伝えられています。

蜻蛉玉で作られた『願い玉』というお守りはひとつひとつ手作りで同じ色柄は全くない大人気のお守りです。
ご利益 恋愛成就・縁結び
拝観料 無料
駐車場 あり(大変込み合いますので公共交通機関をご利用ください)
トイレ あり
年末年始情報
元旦 樽酒・甘酒振舞
住所 尾道市西則末町11−31
TEL 0848-23-6823
アクセス 山陽自動車道尾道ICから10分
由緒
古くは五箇社頭八幡宮とも称し、もと御調郡尾道、向島東村・西村、三成村、本郷村、栗原村の五箇町村の氏神でした。また、社伝によると天文年間(1532年~55年)に氏子分離の争いがあり、木梨、三成、吉和、木門田、等の氏子が、当社本殿内にあった品々(幣、真薦など)を各村へ持ち帰り、各村に分祀したといいます。
その後、天文12年(1635年)社殿再建、さらに明治37年火災に遭い、翌年再建。なお、社蔵の大般若経は承安5年(1175)に藤原盛時が三島大明神に施入し、その後、天文22年(1553年)に栗原の惣六村の氏子により当社に奉納されたものです。

伝承
日本武尊が御征夷の途次、一時滞在されたといいます。また、神功皇后が三韓出兵の途次、この地の烏須井の水を用いられたといいます。烏須井は往古、氏子の者が御神水の井戸を設けようと所々を掘ったが、清浄なる水を得ることができず悩んでいたところ、社の北一町余の荒野に大量の湧水が出てきたと伝えられてます。
その折、その所を掘ると地下より石とも木とも見分けられぬ臼のようなものが3個が出てきて、それにより井戸の名を臼井(宇須井、烏須井)と称し、当社を宇須井(臼井)の宮とも称すといいます。
一説に神功皇后の三韓出兵の際、烏が良水の湧く井を知らせたので烏須井と称すといいます。嘉永6年(1853年)11月の地震によって井戸水が涸れたが、時の神主豊前が八幡宮に祈誓したところたちまち清水が湧出したといいます。
門のなかに馬が飾ってあります。
門のなかに馬が飾ってあります。
境内の様子。正月はたくさんの人でにぎわいます。<br>
境内の様子。正月はたくさんの人でにぎわいます。